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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2686号 判決

控訴人

大河原正枝

右訴訟代理人

小川休衛

外二名

被控訴人

藤本清

有限会社マース商事

右代表者

藤本清

右両名訴訟代理人

芹沢孝雄

相磯まつ江

主文

一  控訴人の被控訴人藤本に対する新請求につき

1  被控訴人藤本は、控訴人に対し、金一〇四五万円及びこれに対する昭和五四年三月三〇日以降支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  その余の請求を棄却する。

二  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人藤本は、控訴人に対し、金八〇万円及びこれに対する昭和五〇年八月八日以降支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人の被控訴人両名に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴会社との間に生じた分は全部控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人藤本との間に生じた分はこれを三分してその一を控訴人の、その余を被控訴人藤本の各負担とする。

四  この判決中一1及び二1に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一被控訴人藤本に対する委任契約に基づく請求について

1  当事者間に争いはなく、または証拠によつて認められる事実関係は、次のとおりである。なお、各事実のあとに括孤内に争いない事実についてはその旨、争いある事実については認定に供した証拠を示す。

(一)  控訴人は、昭和四七年九月一日から、被控訴会社に対し、控訴人とその妹ら二名の持分各三分の一ずつの共有にかかる東京都世田谷区砧公園六二番二畑八二六平方メートル(以下「本件土地」という。)を賃貸し、被控訴会社は、本件土地に鑑賞魚飼育用の池、釣堀を設け、建物二棟を建て、一棟は事務所として、一棟は飲食店営業のために使用していたほか、本件土地の一部を訴外石橋信太郎に使用させ、同人は簡易食堂を建築してラーメン屋を経営していた。(争いなし。)

(二)  本件土地は、もともと公園用地として東京都に買収される予定であつたので、右賃貸借契約においては、目的を釣堀及び鑑賞魚池の設置に限定し、期間を一年とし当事者協議のうえ延長しうるものとし、なお賃貸借契約終了のときは被控訴会社において本件土地を原状に回復したうえ返還することが特約されていた。また賃料月額は金一〇万円であつた。(〈証拠略〉)

(三)  昭和四九年三月ころ、控訴人及びその妹らは、本件土地を東京都に対し代金一億一四三一万円で売り渡すことが本ぎまりとなつた。(争いなし。)

(四)  昭和四九年四月はじめころ、被控訴会社の代表取締役である被控訴人藤本は、控訴人及びその妹阿部恵子(右両名を以下「控訴人ら」という。)が東京都から支払いを受けるべき本件土地売買代金のうち三〇〇〇万円(控訴人の分は一五〇〇万円)について被控訴会社が代理受領する方法で控訴人らから同額の金員の交付を受けた。(争いなし。)

(五)  右金額の支払いを控訴人らが承諾したのは、被控訴人藤本が控訴人らに対し、被控訴会社が本件土地内に設けた釣堀その他の施設の撤去に経費がかかること及び訴外石橋が本件土地を退去するにつき立退料を要求していることから、これらの問題を処理し本件土地の明渡を容易ならしめるため必要な金員を控訴人らで負担して貰いたい、とりあえず三〇〇〇万円を被控訴人藤本が預り、被控訴会社及び訴外石橋に対し所要の支出をなしたうえ、残額を控訴人らに返還する旨申出たので、控訴人らがこれに同意したことによるものである。また、金額が三〇〇〇万円という大きな額になつたのは、被控訴人藤本において右石橋が被控訴会社に対し約三〇〇〇万円の立退料を要求しているので、被控訴会社としては、実際に石橋に三〇〇〇万円払う意思はないが、三〇〇〇万円の現金が被控訴会社にあることを示さなければ石橋が立ち退かないであろうと控訴人らに申し向けたので、石橋に対する見せ金とする趣旨を含めて決定されたからである。なお被控訴人藤本は、同年四月二二日控訴人に対し右三〇〇〇万円を含む金三八〇〇万円が被控訴会社に対する営業補償及び立退料の趣旨で支払わされたことにすれば控訴人らの払うべき所得税が安くなる旨控訴人に申し向けて、控訴人にその旨の支払証明書を作成させた。(〈証拠略〉)

(六)  その後、被控訴会社及び訴外石橋はそれぞれ本件土地を控訴人らに明渡し完了した。(争いなし。)

2  被控訴人藤本は、原審で、同被控訴人が控訴人らから受領した金三〇〇〇万円は別の機会に控訴人から受領した金八〇〇万円とともにすべて被控訴会社に対する営業補償及び立退料の趣旨で支払われたものである旨供述しているが、前記認定の経緯に照らせば、控訴人が右趣旨で被控訴会社に対し金三〇〇〇万円もしくはそれ以上もの支払いを応諾することはありえないものと考えられるから、被控訴人藤本の右供述は措信できず、原審証人田垣貞春の証言は被控訴人藤本よりの伝聞に過ぎず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

3  控訴人は、右三〇〇〇万円のほか金五〇〇万円を右1(五)と同趣旨で被控訴人藤本に預けた旨主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。

4 ところで、民法六四五条の趣旨に鑑みると、受任者が委任事務処理のための費用の前払いを受けているときは、みずから受任事務処理のために支出した金額につきその使途及び支出の正当性を主張立証しない限り、受領した金員の返還を拒むことができないと解するのが相当であるところ本件において被控訴人藤本は右の各点につきなんら主張立証するところがない。

5  そうすると、控訴人は、控訴人藤本に対し、委任事務処理の費用として交付した金一五〇〇万円から、控訴人が委任事務処理のため正当に支出されたことを自認している金四五五万円を差引いた金一〇四五万円及びこれに対する昭和五四年三月三〇日(同月二九日控訴人が当法廷において被控訴人藤本に対し右金員の支払いを請求したことは訴訟上明らかである。)以降支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利があり、控訴人のその余の請求は失当であるということになる。〈以下、省略〉

(杉本良吉 石川義夫 三好達)

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